前立腺がんの検診では血液の検査でPSAというものを測ります。「血液だけで出来る簡単な検査です」とよく宣伝されますが、実はそんなに簡単なものではありません。
この検診については実は欧米では1990年代からずっと議論が続いているほど問題点の多い検診なのです。
アメリカ人の場合、男性の6人に一人(16.7%)は一生のうちで一度は「前立腺がん」と診断されるくらい頻度が多いのですが、前立腺がんのために亡くなるという方はわずか2.9%と言われています。
人種によっても差があり、一番多いのはアフリカ系アメリカ人(黒人)で、次に多いのが白人とされています。比較的少ないのはヒスパニック系、ネイティブ・アメリカン(インディアン)、それにアジア系といわれており、アジア人は最も少ないとされているのです。日本人も含むアジア人は一番多いとされるアフリカ系アメリカ人の10分の一程度の頻度とされています。
がんの検診が有効かどうかは「臨床疫学」と言って、科学的な方法で検証する必要があります。具体的には大勢の人を検診を受ける人々と受けない人々をランダムに割り振って、長期間経過を観てその二つのグループ(群と言います)でそれぞれその病気(この場合前立腺がん)にかかった人が何人いるのか、その病気のために亡くなった人が何人いるのか、統計をとって両群で差があるかどうかを調べるのが一番正確です。このような方法を大規模臨床試験と言います。
議論が続いていた欧米ではアメリカのPLCO試験、ヨーロッパのERSPC試験という大規模臨床試験がそれぞれの地域で行われました。7~10年をかけて行われたPLCO試験では検診を受けた群では一万人の中で年間116人、検診を受けない群では95人に前立腺がんが発生し、亡くなった人の割合はそれぞれ年間一万人の中で2人と1.7人でした。つまりアメリカの大規模臨床試験では検診を受けたグループとそうでないグループに大きな違いはなかったのです。(つまり検診は有効ではなかったという結論です)
ヨーロッパで行われた同様の大規模臨床試験(ERSPC試験)では検診を受けた群の前立腺がんは8.2%、検診を受けていない群では4.8%でした。検診を受けた群の前立腺がんで亡くなった方は214名、検診を受けなかった群では326名と、検診を受けた群の方が死亡者が少ないという結果でした。(つまり検診は有効であったという結論です。)しかし、その差は大きいものではなく、この試験の参加者数が18万人以上だった事を考えると「検診は有効であったが、その効果はわずかなものであった」というのが結論です。
結局、この二つの大規模臨床試験でも議論に結論は出ず、アメリカでは各学会や各団体が様々なガイドラインや声明を出しているのが現状です。それらをまとめて米国内科学会(ACP)では2013年に「ガイダンス声明」を出しています。
そのガイダンスをまとめると次のようになります:
日本では「集団検診」という形でこの検診が行われる事が多く、好ましい形ではありません。また日本人は欧米の黒人・白人より前立腺がんにかかる割合が少ない民族であることも考慮に入れて慎重に考える必要があります。
この議論はあくまでも何の症状もない人に対する「検診」に関するものです。がんを疑われる症状があり病院を受診された際の検査を否定するものではありません。